2010年10月05日

龍馬

言わずと知れた今年の大河ドラマ。

見ていて、あれっ?、そんな流れだったかな?・・・と、

私の乏しい歴史の知識でも、そう感じることがあった。



それで今日の朝日新聞の「異議あり」での精神科医で評論家の野田正彰さんの記事。



「・・・龍馬の業績に大筋に乗っているように見せて、内容はフィクションだらけ。いくらなんでも、こんなことをやってはいけません。」

「龍馬は長崎の英国人商人グラバーと親しくし、武器を大量に買い付けました。それなのに、ドラマの中で何度も登場するセリフに『列強は日本を植民地化しようとしてる、だから幕府を倒さないといけない』というのがあります。これは変でしょう。」

「知り合いの歴史学の専門家に、龍馬が植民地化への危機感を持っていたという文書はありますかと聞いたら、ないと言うんですね。ならばうそということになる。うその語りをずっとさせている。番組を通じて、植民地にある種の政治的メッセージを発したいのでしょうか?」

「ドラマだからといって、何をやってもいいはずはない。歴史学の知見や実証にわかっていることと大きく違うことは、作ってはいけません。特に映像は、人の記憶に蓄積して感情を喚起する力が強いですから。

地元紙の記者に聞いたら、高知では『史実と違いすぎる』と冷めているそうです」

等々と、非常に興味深い言葉が並んでいた。

同感である。

史実に忠実であるかないかを冷静に判断している視聴者は少ない。

ほとんどが、ドラマで見たことが記憶として残り、その人の頭の中では、史実として記憶される。

だからこそ、こういう歴史ドラマは史実に忠実であるべきだと私も思う。



尚、この記事で野田氏は、龍馬にしがみつくのは成熟拒否の表れであると断ずる。

龍馬のイメージである自由人、時代を見据えた先見性、および薩長同盟や船中八策、大政奉還の提言などの日本全体を再設計する大胆な構想などを青春という言葉に込め、中年以上の成長した経済人がそういう願望としての青春像を結ぶのに龍馬は適当なのだと。「本来、人は年齢を重ねるとそれなりに成熟して行かないといけない。なのに青春像にしがみつくのは、申し訳ないですが、人格的に未熟だからです。なぜ経営者は成熟の歌を自分の部屋に飾らないのか。彼らが龍馬にあこがれるとしたら、それは龍馬という青春にこだわることであり、幼稚さの表れでしょう」と。



不況時には龍馬人気が再燃するという。

それは、龍馬にしがみつき願望としての青春像を描くことで、うまくいかない現実から逃避しているのかもしれない。



朝日新聞の記事を見ていてそんなことを感じた。





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Posted by アーキスタジオ 哲 at 11:21│Comments(0)独り言
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