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2012年06月12日

「道標」の重み

上新田を徒歩で横断中にいくつかの古い道標を見つけました。
古い町並みだし旧勝尾寺街道が通っているので、周辺も探して見ると、下が埋もれてしまったのか折れてしまったのか、半分から上の部分しかないものや、古いものに隠居いただいて新しく建ててもらったもの、豊中最古と表記のあるものなど、4つが見つかりました。


①豊中最古の道標
東面 右 ざい所  左 大坂へ三り  
南面 右 かちをし
「ざい所」は不明。「かちをし」は勝尾寺。





②勝尾寺街道道標(これが最初に見つけた道標)
西面 馬頭観音(というらしい) 右 か■■■(たぶん、かちをじ)  
下部が埋もれていて見えない。




③西面 右 さいでら(佐井寺) 左 かちをじ(勝尾寺)



④平成18年に再建 山田街道分岐点道標
西面 右 山田、いばらき(茨木) 左 かちをじ(勝尾寺) 



こっちが昔からある本物です。

まだ他にもあるかもしれませんが、私が見つけたのはこの4つ。
今ならナビに道案内してもらって…というところですが、ナビどころかちゃんとした地図もあったのかなかったのか?すべての道標が、そんな時代{天明年間(1781年~1788年)}の建立のようです。
旧街道については詳しくないので今後の課題としますが、これらの道標を見ていると、当時の人が勝尾寺への行き帰りや茨木、山田、佐井寺に向かって、道標を頼りに早足で歩いて姿がなんとなく目に浮かぶようです。
そう考えると、この、ものを言わずに建ち続けて人々の案内だけをしてきたな石たちに重みを感じます。
また、勝尾寺も茨木も山田も佐井寺も今なら歩いて行くことを考える距離ではありません。しかし、当時の人は当たり前だけど、当たり前に歩いていた。
便利さと引き換えに失ったものも多いんでしょうね。





より大きな地図で 上新田道標 を表示




大阪・吹田・千里ニュータウン/アーキスタジオ 哲 一級建築士事務所
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Posted by アーキスタジオ 哲 at 06:15Comments(0)大阪の建築と雑記帳